土田さんは今や最前線でご活躍のアーティストでいらっしゃいますが、アーティストとしての道のりはどんな風だったのでしょう?
絵を描くのがとても好きで、小学校4年生の時にアーティストになりたいと言い出したんです。高校生になる頃には、アーティストになるためにヨーロッパに行こう考えるようになり、放浪の旅に出ることにしたのです。放浪の旅はできても、日々食べていくのはどうするんだという現実的なことも考えました。行く先々のレストランでアルバイトをすれば、給料は出ないかもしれないけど、賄いは食べさせてもらえるかも… 賄いを食べながら、一生絵を描き続ければいいんだ!と思い至り、料理の基礎ぐらいは覚えておこうと高校卒業後は大阪の辻調理師専門学校で料理を学びました。料理もすごく好きだったんです。
そして、パリを中心にヨーロッパ全土、それからニューヨークも旅しながら、レストランで働きながら絵を描いていました。パリには2年ほど住んでいたかな。日系ホテルのレストランで働いていた頃、ものすごく厳しい先輩シェフがいらしたんですが、仕事の合間に僕が描いていたイラストを気に入って応援してくれて…つらかったけど今となっては良い思い出です。ある日、旅の途中で通りかかったイタリアのヴェネチアで、伝説のレストランバー『ハーリーズバー』のオーナーに出会い、パリからヴェネチアに引っ越すことに。ハーリーズバーで料理をしながら絵を描き続け、個展を開けるまでなりました。
そのヴェネチアで、ガラスに出会うのですね?ベネチアンガラスの魅力は?
僕は歴史が好きなので、世界のガラス文化・文明・産業の中でも稀な、1200年の伝統を誇るベネチアングラスにとても興味を持ちました。ベネチアングラスそのものも素晴らしいと思いますが、その背景にある歴史観も含めて魅力を感じて、結局僕は最終的にガラスそのものを作るようになったんです。
1995年(20代半ば)にはハーリーズバーを辞めて、本格的にガラスだけで、芸術だけでやっていくようになりました。1995年には、「ヴェネチア・ビエンナーレ」という、歴史的かつ世界最大の現代アートの祭典がヴェネチアでありました。そこで千住博さんが有名な滝の絵で受賞され、僕は千住さんに出会います。また、世界でもトップデザイナーと言われていた田中一光先生がビエンナーレのオープニングで野だてのお茶会をされ、そのお茶会のお水差しとお茶碗を僕にガラスで作るようにと頼まれたのです。日本の巨匠たちとの出会いによって、僕がガラスでどう歩むべきかという方向性が定まったというか、それはそれは大きな出会いでした。
では、いよいよ土田さんと花についてお伺いさせてください。ヨーロッパでの暮らしが長い土田さんですが、花にまつわるエピソードはありますか?
パリで体を壊して、1週間ぐらいパリの病院に入院していた時のことです。2人部屋で僕ともう一人の患者さんが60才ぐらいのダンディなフランス人のおじさん。代わる代わる美しい女性が、若い方もいれば50代の方まで…よくもタイミングを合わさずにお見舞いにくるのです(笑)彼はお見舞いの花を受け取った後、ベッドの横にある花瓶に本当に素敵に生けるんです。花をプレゼントする男も格好いいけど、花を常に身近に飾る習慣を持つ男というのはもっと格好いいなと。そして、その女性が帰ってしばらくすると、彼はその花を美しい看護婦さんから順にプレゼントする(笑)花がなくなると、次の女性が来てまた花を置いていくんです。
相当チャーミングなおじさまですね(笑)その入院の経験で花を意識するようになったのですか?
本当にチャーミングですよね。花が似合う男でもあったし。花を自然に身の回りに飾ることができる男って、魅力的だなって思いました。身近に花を飾る男性こそ、花贈りの達人でもあるんじゃないかと思います。ああいう人がまさに華がある人って言うじゃないかなあ。
病院という暗い場所ですが、その空間に花が一輪でもあれば気分が変わりますよね。何より「香り」という生命力、元気になる力を持っている。それこそ花の力ですよね。
次のエピソードはミラノの深夜のレストラン。
僕は一人でレストランで食事をしていて、その横に女性2人が座ってたんです。結構遅い時間で、僕と彼女たちの3人が最後のお客。ウエーターが他のテーブルを片付け始めてる。そのウエーターは決して超イケメンでもなかったんですけど、彼の一挙手一動を女性たちは何となく見ている。テーブルに飾ってあった一輪挿しのバラを片付けながら、彼女たちのテーブルの横をすり抜ける瞬間にさっとバラの香りを彼が嗅いだんです。特に気取っている風でもなく、でも女性の前でわざとかもしれない。
その仕草が彼女たちにはたまらなかったみたいで(笑)彼女たちは隣に座ってる日本人の僕がイタリア語をわかるとは思ってないから大きな声でかなり過激な発言を!花を嗅ぐ男性の仕草をセクシーと感じたようで、相当ぐっときたらしいのです。これっていかにもイタリアンチックな話ですよね(笑)伊達男の「だ」ってイタリアの「伊」って書きますからね。男と女のいいシーンを見たなって思いました。
あとイタリアだと、結婚式の朝、新郎は新婦がウェディングドレスを着ている姿を見てはダメなんです。教会の前で初めてウェディングドレス姿に出会わないといけない。新婦の実家には、新婦の仲の良い女友達だけが来てドレスの着付けを手伝うのですが、その着付けをしている朝、新郎は大量のバラをその家に贈るのが習慣です。「教会の前で待ってるよ」っていう感じでね。
なんてロマンティックな!土田さんご自身の花にまつわるエピソードはありますか?
好きな花の話をしてもいいですか?
僕は芍薬の花が好きで。少年時代を過ごした山里、岡山県高梁市では田んぼのほとりにも咲いていました。このフォルム、この色、複雑な重なり合い…芸術的です。作品の中にも芍薬から連想されたものがあります。
「立てば芍薬 座ればボタン あるく姿はユリの花」この言葉の意味は、芸術を極める僕にとって、とても大きな意味を成します。
PHOTO:高井哲朗
本日お持ちいただいた作品は「ラビアンローズコレクション」、バラ色の人生がテーマですね。
長い時間旅をしてきて、世の中の美しいところも見たし、当然そうじゃないところも見ました。旅をしながらだんだん思い始めたことは、「僕の人生、これからは世の中の美しいところだけを見て生きていこう」って思うようになったんです。
それは何だろう、こんな時代に甘ったれた考え方かもしれないし、現実的ではないかもしれないけど、でも僕は、何があっても美しいところだけを見るようにして、今後の人生生きていこうって。そうすることによって、おのずといい人だけに会えるんじゃないかって。
人間は基本、心の中に優しさをたっぷり持った生き物だと思うのです。優しい人たちは本当に美しいものを知っている。世界で起きている残酷な現実から目をそらしていけないっていうのも一理ありますが、ものづくりの人間として生きていく以上、僕は美しいものだけを今後もずっと見続けていこうと思って。で、バラ色の人生!
土田さん、素敵なお話をありがとうございました。
土田さんには、10歳になるお嬢様がいらっしゃいますが、今回日本に長期出張される際にも別れ際に彼女が大好きなカラフルな色合いのブーケをプレゼントしてきたそうです。パパから花を贈られるってすごくラブリーですよね。今年のバレンタインデーは週末の日曜日、お嬢様がいらっしゃる男性はぜひ奥様+お嬢様にもフラワーバレンタインしてくださいね!!
取材協力 フロレアル・オペーク丸の内店 http://flowergate-floreal.com/
PHOTO TOSHIHIRO SASAKI
取材&TEXT NORIKO OGAWA
◆番組情報
NHK Eテレ
SWITCHインタビュー 達人達(たち)「小山進×土田康彦」
【放送】 |
1月16日(土)午後10時00分~午後11時00分 |
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【出演】 |
パティシエ…小山進 |
【語り】 |
吉田羊、六角精児 |
番組公式サイト http://www4.nhk.or.jp/switch-int/x/2016-01-16/31/14551/2037096/
土田さん、世界で活躍するパティシエ・小山進氏との共演です。
◆個展情報
土田康彦 ヴェネツィアン・ガラス展~カカオの香りに誘われて~
【開催期間】 |
2016年1月16日(土)~2月14日(日) |
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【開館時間】 |
11:30~19:00(火曜定休) |
【作家在廊日】 |
1月16日(土)~2月13日(土) |
【会場】 |
ニューアートラボ |
新刊・作品集『運命の交差点』の発刊を記念して個展を開催。『運命の交差点』は、全国カタログ展にてフジサンケイビジネスアイ賞と金賞をダブル受賞する快挙。
「僕の新しい作品集、解説を建築家の隈研吾さん、序文を千住博さんが書いてくださいました。尊敬する日本の芸術家の方々に応援いただきありがたいです。」